200718TS【ディスカッション】

企業の問題解決において心理学はどのように役立つのか、大学の研究の心理学と企業における心理学は何が違うのか。

(齋藤)三浦さんのいう「脆弱性」は脆弱性なのでしょうか?個人、状態のばらつきをモデルにどれだけ組み込むかなのではないでしょうか?これまでの心理学、認知科学領域では個人差が入らないように実験計画を考えてきましたが、そろそろ個別のものに目を向けてもいいのかもしれません。技術の進歩により、個々の状態をかなり判別できるようになってきています。昔より測れるものが増えました。

(司会・小俣)社会の要請、技術の進展など時代の変化を踏まえ、直面している問題に対して学んだ知識を発展させ応用できる人材が求められているのではないでしょうか。一般に確立された方法論やツールを用いることから脱却できないケースが散見されますが、これだとうまく機能しない。学んだ知識の応用については今後の大学教育に期待していることの1つです。

(小松)今は昔と違って、いろんなことがすっきりと単純化できない複雑性を持っていますね。社会心理学が1本の大きな幹に沿って系統だっていなくてもよいのではないでしょうか。とはいえビジネスにおいては、成果に繋がるような幹の部分なのかそうではない枝葉なのか課題を見極めるのは重要なことです。どこまで深堀するか。どうビジネス上のプライオリティをつけるか。今はその判断を人の経験に頼っているように思います。

(三浦)社会心理学には、悪く言えば弱い理論が跋扈していますので、1つの現象についても何かしらの説明、場合によっては矛盾するような複数の説明ができてしまうんです。そういうことが学問的にいいのかという気持ち悪さがあります。現状再現性が低い状態で、いい仕事をするにはどうすればいいのか迷います。

(小松)無理やり何かを言おうとすれば言えてしまうのですが、そこは学問として心理学をかじった人は倫理観と誠実さを持ってやらなければいけないですね。

(三浦)しかし倫理観に完全に縛られると何もできなくなるので、そのバランスの難しさを日々感じています。

企業活動の中で、「心理学」を学んだことや心理学者であることをどう活かすか。悩みと展望

(齋藤)心理学っぽい質問をすべて投げられるんです。それっぽいことは答えられますが、厳密な制約や範囲となると専門分野でもすぐには答えられないです。

(小俣)ビジネスの視点とサイエンスの視点との匙加減は本当に難しいです。企業の中ではサイエンスとしての心理学を学んだ人材は責任をもって説明する必要があると思います。

(小松)経営者などに対しはっきりイエスorノーで答える必要に迫られるのは悩みです。学者ではないので、ビジネスマンとして自分のやりたいことの裏付けとして心理学の知見を使います。あと、メーカーだと作り手とコミュニケーションしてしまうことがありますが、心理学の効能の1つは受け手目線を考える機会を与えられることだと思っています。

(小俣)企業の心理学出身者にしばしば寄せられる相談の1つに案件に、技術者やデザイナーが考えたものが想定顧客に受け入れられることを後押しするようなコメントやデータが欲しいという依頼があります。期待されている返答ができない場合、あるいは然るべきプロセスを経て取得したデータが期待に沿うものでなかった場合、依頼してくれた人に対してどのようなサジェスチョンができうるか。ここが悩みどころです。

(平井)私は、期待される結果が出なくてもはっきり言います。心理学に期待されていることの1つに、データを採ったらそこに変化があって、それがいいことだと証明したいというのがあります。しかし有意かつ大きな効果量が出る状態というのは、目で見ても分かるレベルの変化がある状態であって、見た感じ何も変わらないのに数字で変化を示せというのはありえないです。大学の心理学実験では緻密なデザインで設計して証明するというのが主ですが、それが現実とかけ離れていたり実際場面では少し条件が異なるだけで再現されなかったりということがあります。だからもっとざっくりとした実験をやろうとしているんですが、そうすると論文が通りにくくなるという問題がでてきます。

(齋藤)逆に企業ではざっくりしすぎることはないですが、細かすぎることはあります。厳密な条件でのデータを求められることがあるんですが、その技術が少し進んだときに使えない条件設定をしていては意味が無いので、もう少し引いた目線で、ありえそうな要因は何なのかを意識する必要があると思います。

(小俣)切り出された1つのテーマに対して丁寧に結果を出すことには勿論意義があります。しかし企業だと、その先にも多くの人が関与する業務があるので、1つの結果を出した後に何が起こるのかということまで考えておくことが大事ですね。

(小松)具体と抽象の行き来が大切だと思います。そのデータが意味していることを納得できるかどうか。統計が流行っていますが、数字だけを見るのは危険です。その点人間科学を学んだ人は、学問と実際を行き来できるバランス感があるという点で活躍のチャンスがあるのではないでしょうか。

(小俣)そういったアプローチはどうやって学ぶのですか?

(小松)ビジネスの場においては、実際に痛い目も含め経験してみることです。なかなか言ってもわからないですから。

(三浦)頭から決めてかからないことが大事かな。

(平井)基礎と応用の間の研究をやっていると、実践重視の学会でも、心理学会でもアウェイ感があります。自分のやっていることに意味を見出してもらえるようになるまで、かなり苦労しました。こういう、伝わらないことをなんとか伝わるようにするという体験をすることが授業などでできたらいいですね。

(小俣)心理学の知識や方法論は、企業の問題解決の実践にどう応用しうるか、その際、応用する人はどのような点に留意すべきなのか。この辺りの点はフォーサイトラボの中で議論していきたいテーマの1つです。企業における問題解決は不確実性が高く、意思決定が困難です。サイエンスに基づく心理学的な観点は、特にマネジメント層の意思決定における判断材料として、ここ数年で求められるようになってきていると感じています。一方で判断材料を提供できる人材が不足しているようにも感じています。